お盆を前に考えた!あなたはお墓派!それとも散骨派!

                                    

                                                                                  2016.8.10

最近、友人たちの親御さんが亡くなることが多い。つい先週もヨーロッパ暮らしの友人が、呼び寄せていたお母様が亡くなられて、 遺言どおり日本の海に散骨するために帰国された。と思ったら、私の50年来の幼友達のお母様が、5日前に亡くなられた。不謹慎な言い方をすると他界ラッシュである。日本では、まだまだあたりまえにお墓に埋葬するスタイルが一般的である。しかし、私は自分の父を埋葬したとき、痛感したことがある。お墓はどんなに立派でも、墓の中をのぞけば、 四角いコンクリートの箱空間なのだ。陽もあたらず、ジメジメしている。そこに陶器の骨壺に入れられた遺骨は置かれるのだ。それは、何十年、何百年経っても風化することはない。そのままそこに置かれているのである。それを思い出すたびに、私はこの埋葬スタイルは望まないと思ってしまうのである。最近は樹木葬がにわかに注目されてきている。風船で飛ばすという手法も聞く。そんな中、EUあたりでは、土に還る紙でできた骨壺が主流と聞いた。デザインもいろいろあり、お値段によって選べる。紙の骨壺の上には、種が入っていて、もみの木かイチョウの木かも選べる。その種を庭や森に植える人が多いとか。なんて進んでいる素敵な話だろう。今の日本人はほとんどの人が無宗教。お葬式のときだけ、お坊さんにきてもらい、自分の家が何宗なのかを初めて知るというパターンが多い。葬儀も埋葬の慣習も、これからの時代は見直す必要があると思えてならない。日本はこれからもっと少子化が進んでいく。墓守なんてことを次の世代に強いて良いものか。もちろん、このような問題は、とても個人的でデリケートなことがらなので、あれこれ他人が口を出す問題ではない。けれど、お盆を前に、少しだけ考えてみてもらいたい。自分がこの世を去ったあと、自分の燃えかすをどうしてほしいか。海に散骨され、水蒸気になって上空に舞い上がり、また雨になって、森や大地に還っていく。なんて、想像を膨らませてみてはどうだろう。次の世代のために、自分の埋葬スタイルを明確なメッセージとして遺言しておこうではないか。

 

【土に還る紙でできた骨壷】

 

「ボンジュール50’S」の読者のみなさま、素敵な夏休みをお過ごしください。